FIREを可能にした地銀の苛酷な労働環境

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地銀の苛酷な労働環境

今はかなり改善しているとは思いますが、私が入行した当初はひどいものでした。

試用期間は残業出来ないと思いますが、それが残業代が支払えない、残業代を支払う必要のない安い労働力という勝手な変換が行われ、

残業代なしで、夜10時や11時まで働いていました。

そこには、夜遅くまで働いて当然という雰囲気、付き合い残業、非効率な仕事等、様々な要因が絡んでいたと思います。

ベテランの方も、残業代は半分も請求していなかったのではないでしょうか?というよりも、皆が均等な時間外を実際には下回る水準で調整するという事態になっていました。

また、土日でも、新たなシステムが入るからその対応、資産査定、監査対応等、様々な非定期の仕事により、出勤を余儀なくされました。

もちろん、サービス残業です。

ただし、私は、それがFIREを可能とする下地になったと考えています。

(機会)お金を使う時間がない

朝は早くから出勤し、夜遅くに帰る生活では、ほぼアフター5に遊ぶという概念はありません平日に使うお金は、ほぼ交通費と昼食費でしょうか。もっとも、昼休み時間という概念もありませんでしたので、昼抜きも何度もありました。つまり、昼食費もなしです。

また、土日も出勤という状態では遊びにいくことも出来ませんし、当然お金も使えません。また土日出勤の場合は、上司から昼食をおごってもらえたので、昼食費が浮きました

本当に休みの取れた土日でも、平日の疲れからあまり元気に遊ぶという気にはならかったと思います。

(動機)こんな環境から早く抜け出したいという気持ちが強くなる

そんな状態ですから、当然、こんな環境から抜け出したいという思いが強くなります。

元々地方出身(田園地帯)ですから、ロハス的な生活をしたいと思っていました。

(方法)金融リテラシーが身に付く環境

銀行は当時、投資信託等の金融商品の販売に力を入れ始めていました。そこで、様々な金融商品について知ることとなるとともに、FPや証券外務員、保険販売の資格を取ることとなったのです。

これが、具体的にFIREするための、イメージを持つに至る基礎となりました。

機会、動機、方法がそろった!

人間万事塞翁が馬ですね。苦しい時でも、そこから脱する手段はあるはずです。だから、常に前向きに明るく、ポジティブでいることが大切ですね。

There is a will, there is away!

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